【貨車のいた風景・岡部駅】

 

あの頃は、埼玉県大里郡岡部町岡部駅。

いまは、埼玉県深谷市岡部駅。

 

タンク車と、レール輸送の見ることのできる駅だった。

 

 

 

昔、毎日この岡部駅を利用していたときがあった。 

ずっとずっと遠い日に、一緒に駅に通ったあの人も、今はどうしているのかな?

住所は変わったけれど、まったく変わっていない駅舎。

改札を抜けると、この雰囲気。

ずっと変わっていない。

なつかしい。

貨車はタキ1000型に統一されて、あの頃とは色もカタチも違う。

普通電車も変わってしまった。

さわれる程の距離で、タンク車が間近。

貨車は変わってしまっても、雰囲気は昔のまま。

いまどき、こういう駅も少ないんじゃないかな。

「ねぇ、どうしてこの駅にはいつも貨物列車がいるの?」

「そりゃ、油槽所があるからでしょ。」

「もっと大きな街に作れば、便利じゃない?」

「大きな街には駅前に土地はないでしょ、高いし、第一危ない」

「電車で運ぶから駅前?」

「そそ。でも貨物は電車じゃなく機関車で運ぶよ、石油も」

(さすがにこの時は、貨物電車なるものが出来るとは予想だにしなかった)

「埼玉や群馬は海がないから、列車でね」

「ふーん」

まだバブルの余韻があった頃。

当時も不景気に突入と言われていたけど、

今よりはずっとおおらかな時代の頃の昔バナシ。

 

【午後の便】

到着

旅客列車は利用しない4番線で到着を待つ。

3093列車が駅に進入

午後の便、到着。

岡部駅を利用していたあの頃は、EF65の0か500番台が牽いてきた。

すぐに乗務員氏と誘導係の方が打ち合わせ。

無線で連絡を取りながら・・・

車票を入替

根岸〜岡部

返空用に岡部〜根岸にあらかじめ差し替え。

特急をやり過ごす。

あの頃は、この特急も白地にグリーンの一本帯だったが・・・

入替開始の合図。

上り本線をまたいで・・

側線へ後進で押し込む。

夕方の返空にむけ準備。

EF210は3096列車

午後の便には代走でEF64 1000が来ることもあった。

この日は1015号機。

この塗装も今となっては懐かしい。

お、今日は「ロクヨン」だ、珍しいな。

記念に一枚とりますよ。

そうかい、それじゃポーズ。

ありがとう、遺影に使うよ。

そ、そんな(笑)

このとき、親切にしていただいた運転氏と係の方に後日写真を渡したこともあったっけ。

【朝の便】

到着

朝の便は、過去様々な機関車が担当し、楽く撮影できた。

EF65 1061号機

EF64 1007号機

EF510 515号機

EF81 95号機

駅進入を撮るには冬限定で寒かった思い出ばかり。

  

本務機が側線へタキを入れ替えたのち専用線への入替。

白煙も勇ましく、エネオスの荷役線へ。

雨のなかお疲れ様です。

荷役線は複線。タキの両数が多いときは2回に分けて。

油抜き待機中。

油を抜いて、返空の準備。

寒い寒い。

岡部は風の強い土地で、晴れていても北風が直撃。

返空

返空タキが側線に入ると牽引機の到着

打ち合わせののち、入替開始。

組成の準備

機関車は上り本線を逆走して側線へ。

 

一旦停止。

ゆっくり・・

無線で連絡を取りながら

10メーター、5メーター、やわやわ・・。

もうちょい。

連結、ホース類の取り付け

 

ごそごそ・・最終確認

組成完了待ち

組成完了の合図

指さし確認

 

ホイッスルを鳴らし、本線へ。

一旦本線へ出たのち、後進で2番線へもどる。

列車が本線へ出るのを確認して・・・

転轍機を操作。

クルクルと回すタイプで切り替え。

そして、最後は目視確認で出発ホームへ進入。

あとは発車の時刻を待つのみ。

 

3090列車 定刻に岡部を出発。

岡部駅の南側はすぐ畑。

大雨で駅前が水浸しになったこともありました。

JX日鉱日石エネルギー岡部油槽所は駅の北口に。

中にはエネオスのローリーがたくさん。

と、思いきや・・・

 

意外な事に、出光のローリーが順番待ち中。

元売り各社で融通し合っているんですね。

 

 

 

「電車、きたよ?」

「今日はもう一本後でいこうよ」

(どうせもう遅刻だ。)

「ま、いっか」

(もうすぐアレがくる。)

冬の終わり、春の始まり、風の無い日穏やかな日だった。

電車の発車したあとの、片田舎の駅はのんびりしている。

当時5981レと呼ばれた、岡部着のタンク車が入替中。

ローリーも行き交かう。

[特急列車が通過します、ご注意下さい]

(きた、キタ)

「わっ、雪がついてるよっ」

「青森からの寝台特急 鳥海、だよ」

EF64 1000番台の牽く特急は、

人影もまばらな岡部駅のホームを、減速もせずに通過。

「上越の山を越えてくるんだよ、山はまだ、雪が降ってるんだね」

「ふぅん」

(あんまり興味ないみたい)

「今のが見たかったのさ」

「雪がついた電車を?」

「だからあれは電車じゃなくて、機関車」

「何が違うの?」

「話すと面倒だから、あとでね」

「どっちでもいいけど・・ところで、次の電車は?」

「15分後位」

「完全遅刻じゃない?」

「もともと乗る予定の電車も、籠原駅で乗換中に鳥海に抜かれるのさ」

「そういう問題じゃなくて」

「まぁ、もう諦めて、のんびり行こうよ」

「もう、いっつもじゃん」

「明日はちゃんと乗るよ」

「どうかなぁ〜?」

平日の午前中に呑気に駅でタンク車の入れ替えと、

寝台特急の通過を眺める日常は、もうこない。

終わりの日は、最初から明らかになっているのに、

あの頃、なぜだかこの日常が、明日も明後日も変わりなく、ずっと続くと思っていた、

後日、鳥海は上野〜長岡をEF81が通しで牽くようになり、

ダイヤも変わり早朝に通過となった。

さらに現在は「あけぼの」に名前を変えた。

けれど、列車番号は今も当時も変わらずに2022レ。

岡部のタンク車は見られなくなるけど、

世の中がそうであったように、あの人もそうであったように、

目に見えるものは皆かわってゆく。

「なくなるから、撮るんじゃなくって、好きだから撮る」

毎日繰り返す日常を。

 2012.03.18 記

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